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2024/10/19 ◆◇館内情報◇◆

生きた証は酒と血潮に刻む。それが私だから~The Inscription Of Living On SAKE And Brood, That Is What I AM.~

「名入れサービスの地酒付きプランなんて、よく考えましたね。でも、まだあんまりご予約頂いていないみたいですね。」

俺は会社支給の安っぽい三色ボールペンをくるくると回しながら、プランを考案した女性マネージャーに尋ねた。

成田駅前には居酒屋がたくさんあるし、そこそこおいしい日本酒はもうすでにコンビニで買える。

わざわざホテルの宿泊プランでつけなくたっていいじゃないか、と俺は思った。

「まだプランの存在自体が知られていないんだよ。中身は魅力的なプランだから、存在さえ認知していただければ一定数の需要はあるさ。」

女性マネージャーは特段の意味もなくロビーと駐車場のカメラをちらりと見ながら、ストロー付のエナジードリンク缶をおもむろに指でつまむように持ち上げ、回しだす。

「それにお渡しするのは限定ビール缶でもワインボトルでもなく、地酒だ。うちのホテルに泊まってくれるお客さんはオツな人も多い。そういう人なら、興味を持ってくれるだろうな。」

それはどうだろう、と俺は思った。オツな人ほど『地酒』という言葉そのものには惑わされないはずで、その『地酒』がどんな『地酒』なのかというところに重きを置くはずだからだ。つまり、おいしくない日本酒にお金を払ってしかも自分の名前が刻まれたとなれば、文字通りそれは「烙印」なのだ。

「しかも、ただの日本酒じゃない。お渡しする『仁勇』は、成田で100年の歴史を持つ鍋屋という蔵元の銘柄だ。たしかに『仁勇』自体はそこまでハイグレードに位置づけられた日本酒というわけではないが、歴史のある蔵元はそもそも日本酒の【基準】がハイレベルなんだよ。一世紀のノウハウに裏付けられた吟醸香、コク・キレは伊達じゃない。」

どうやら、俺の浅さはしっかりと見抜かれていたようだ。偶然頭の中で考えていたことに対応する返答が彼女の口から出てきたのか、それとも彼女が俺の思考を言葉や表情の節々から読み取ったのか、知るすべはなかった。

「それに、」

斜向かいのデスクで作業をしている彼女は、肘を付いて手のひらに顔を乗せると、一定間隔でマウスを動かし始めた。それに、の次に何が発されるのかと期待したが、口は噤まれたままだった。今振り返れば、その時のマウスの動きは三角形だったと思う。次の言葉を待つ時間は、10秒だった気かもれないし、10分だった気もする。

「それに?」

「○○君、生きた証は一体何処に刻まれると思う?」

「生きた証は、酒と血潮に刻まれるんだよ。塵になったときは墓碑銘が大理石に刻まれる。これは決してケータイ小説の安い比喩でもなければ、中世イギリスの貴族が羊皮紙に書き残した高尚な句でもない。このプランは、少なくとも片方の「刻み」を、お客さんに提供していると信じている。」

「酒を飲まない人はどうするんですか?」

「実は、酒は本質的には重要じゃないんだ。いつか理解できる日が来る。少なくとも、このホテルを使ってくださるお客様は、それをわかってくださる方が多いはずだ。」

人生の暇(いとま)と熱狂の問題。身体の芯が打ち震えるような感動を知っている人間は少ないが、誰しもが間違いなく生を血潮に刻んでいる。酒に刻むということの本質に小指の爪の先でかすかに触れた気がしたが、つかみ取るには機微が足りなさ過ぎたようだ。

遠くで従業員通用口の扉が開く音が聞こえる。残夏の熱狂を冷やす秋雨の音響が、まるで出ていくものと入っていくものの渦潮に「留まるもの」を雁字搦めにするように、たった一瞬解き放たれた扉を通り抜けた。今日は、バスで帰ろう、と思った。


~このお話はフィクションです~

生きた証を酒に刻むにはこちら~Touch Here To Inscribe Whosoever You are On SAKE.~